令和元年7月6日に百舌鳥・古市古墳群が世界文化遺産に登録されてから、今年の7月で3周年を迎えました。百舌鳥古墳群(堺市)と古市古墳群(羽曳野市・藤井寺市)は、仁徳天皇陵や応神天皇陵をはじめとする大型古墳などからなる巨大古墳群です。
やっと世界遺産に登録が決まってからの3年間は、ずっとコロナ禍で外国人観光客も全く訪れませんでした。コロナ禍でなくても、外国人が観光しようと思うかどうかわかりませんが…。
さて私は、羽曳野市に住んでいますが、この3年間はコロナの為ほとんど県外に旅行にもあまり行けず、近所の古墳の周辺を散歩していました。そのため天皇陵だけでなく、その周りの陪塚(ばいちょう・大型の古墳に近接する小規模の古墳で,その大型古墳に関連して営まれたとされるもの)にも詳しくなりました。仁徳天皇陵には、陪塚が10基以上あります。
また、昨年からは「古市古墳群コフニスト養成講座(年間約10回)」に参加しています。ピアノを弾く人はピアニスト、バイオリンを弾く人はバイオリニスト、古墳が好きな人をコフニストと言うようです。講師は、羽曳野市教育委員会を経て兵庫県立兵庫津ミュージアム館長の笠井敏光先生です。
この講座のおかげで、古墳のことに更に詳しくなりました。時代とともに、@墳丘、A埋葬施設、B副葬品等も変化していることも教えていただきました。
例えば、@墳丘も、古墳のかたちも、前方後円墳・前方後方墳・円墳・方墳・八角墳等色々ありますが、前方後円墳でも前方部の幅が徐々に広くなり、前方部の高さが高くなる等です。
写真は、白鳥陵古墳です。5世紀後半の築造とされています。墳丘長200m、後円部直径106mですが、前方部の幅は165mと非常に広くなっています。
(羽曳野市教育委員会提供)
A埋葬施設も、竪穴式石室から横穴式石室、更に横穴式石槨へ変化しました。
B副葬品も、前期の銅鏡・石器から中期の鉄製品、後期の金属製装身具に変化しました。
当分の間は、コロナの終息を願いながら、近所の古墳巡りを楽しむコフニストになろうと思っています。
以 上
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